diary






音楽家の蓮沼執太さんがアサヒ・アートスクエアを拠点に、一年間(2012年2月〜2013年2月)毎月公開でスタディ(レコーディングや撮影)をして、そこから派生する展覧会を行うプロジェクト「蓮沼執太のスタディーズ」。私はそのロゴタイプと、毎月行われる公開スタディのチラシを担当します。

 蓮沼執太という音楽家は、個々のプロジェクトの中で、自分に媒介にして、実験を楽しむかのように、多様な環境と人脈の中で、多様なアウトプットを行ってきた(と思う)。今回のプロジェクトも、レコードのための公開録音でもないし、ただのライブでもない。よく分からない。だから、スタディーを通して最終的に行われる展覧会には、できるだけ様々な(普段蓮沼さんのライブを見たことがない人も、アサヒアートスクエアに行ったことがない人も)お客さんを呼びたいと(そうなることが今回の「告知」の成功だと)思った。しかし予算はない(大体いつもない)。ただ「時間」はある(なら映画を観たい)。一年間通してプロジェクトを進めるのだし、その「時間」を使って広報することができないものだろうか。
 そもそも、私はここ最近チラシなどを大量に刷って、不特定多数に撒いたりする(公演折り込みをしたり、美術館や公共施設に設置したりする)ことに、どれほど効果があるのか懐疑的だった(時々たくさん余ったりするし)。もちろん、偶然チラシを手に取って展覧会やイベントに赴く方もいらっしゃるでしょう。だとしたら、そのチラシを「偶然」手にとる「行為」そのものを作れないだろうか。

 今回のプロジェクトは、予め一年間のスケジュールが決まっていたので、翌月の公開スタディの日時と蓮沼さんの短いテキストを記載したチラシを100枚ほど束ね、日めくりカレンダーのようにして(全て同じ日付の日めくりカレンダー)、それを毎月都内数カ所に設置することにした。チラシを「撒く」のではなく、チラシを「取りに来て(捲って)もらう」。
 場所と枚数を限っているので、即効性(チラシを製作した翌月の公開スタディに女の子が大挙して押し寄せたりとか楽しそうなこと)はないかもしれないが、わざわざ取りにいったり、自分で捲るという「行為」が介在することは、記憶の手助けになるだろうし(私なんかは展覧会の日時を忘れてよく見逃す)、持続性があると思う。何より、あとは一年間という「時間」がプロジェクトを導いてくれるだろう。

 ごく小さな音量でラジオが鳴っている。よくは聴こえないが、心惹かれる音だ。音の方へ歩くと、少しずつ音がクリアになっていく。私たちはそこまで歩いていくだろう。そこには、あなた(だけ)を待っているニュースがある。「良いニュースは小さいな声で語られる」(村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』)のだ。
 声を届けるのに、その音量を大きくすることはない。友人に手紙を書く時に紙やペンを選ぶように、その響き方、そしてどこで声を発するかに腐心すること。でなければ、空(くう)に浮かんだ音は「誰かの」メッセージにはならないと私は思う。そこに宛名がなくとも「これはあなたに宛てたメッセージだ」というメタメッセージが感じられたとき(そう複数の人が感じるわけだが)、それは初めてメッセージ足り得る。

 今後の日めくりチラシには、蓮沼さんだけでなく、様々な方のエッセイやイラストなども掲載予定で、そこにしかないフリーペーパーを取りにいくような感覚で、楽しんでもらえるようなコンテンツが待っております。どうぞお見知り置きください。


設置場所は、以下の都内五ヶ所です。(これから設置される場所もあり)

NADiff apart
UTRECHT NOW IDeA
VACANT
happa(青山|目黒)
アサヒ・アートスクエア


蓮沼執太のスタディーズ
※蓮沼さんのHP内の「self」でも毎月のスタディーがレポートされています。こちらも是非。









花のズボラ飯』(作:久住昌之・画:水沢悦子、秋田書店刊)を読んだ。
(味覚の)「快」に関する潜在認知(無意識下の判断)と情動そのものを画によって描き、吹き出しがその結果(意識に昇った「快」)を補足している。
脳の動きが画面から溢れ、吹き出しまで占領していった『鈴木先生』の試みを思い出した。

しかし『花の~』には所謂ストーリーがない。おそらく吹き出しを全て塗りつぶしても、目紛るしく移り変わる風景として読める筈である(何があったのか詳しく聞かなくとも、「ギャッ」という叫び声とその表情から私たちは彼らの痛みを認知できる)。
沈黙劇のト書きに「......」とあるように(知らないけど)、演者はそれを言わずに存在する。

ところで『花の~』は、毎日の食生活を扱っているわりに現実感が乏しい。例えば、幽霊にも「快」は存在するだろうか。私は存在すると思う。ただし、そこにはストーリーがない(もう、あるいはずっといないから)。

現実には存在しないが、別の方法でそこにいる。それを「物語」と呼びたい。

花のズボラ飯』(作:久住昌之・画:水沢悦子、秋田書店刊)
参考文献:『サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代』(下條信輔、ちくま新書)









あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
皆さまにとって、2012年が豊かな年でありますように。

HPの更新が一年近く滞り、自分でも2011年は何をしてきたかいまいち分からなかったので、久々にここ最近の仕事をカメラマンの片村文人さんに撮っていただき、アップしてみましたが、ヒイヒイ言っていたわりに、その数の少ないこと!
反省すべきことです。まあ僕がどうこうできることでもないんですけど。

身の回りの環境としては、昨年末に事務所移転をし、テキスタイルデザイナー・コーディネーターの安東陽子さんと、新しく千駄ヶ谷に事務所を共有することになりました。
いつまで続けられるか分かりませんが、ひとまず今のところは、安東さんのご友人であり、家具デザイナーの藤森泰司さんに作っていただいた机と棚が並び、照明デザイナーの岡安泉さんの光の下で、心地よく仕事をしています。何より、通い、帰宅することを楽しんでいます。

ここ数年の目標としては、今後デザイナーを続けるにせよ、新規一転蕎麦屋を目指すにせよ、それに耐え得る足腰と基礎体力を、「見ること」「読むこと」によって鍛えていくことです。もう少しだけ自分に厳しく。

new office:
151-0051
渋谷区千駄ヶ谷3-55-12 ヴィラ・パルテノン5C
suyama design

※今年は喪中のため、年賀状は控えさせていただきました。喪中葉書が届かず、年賀状を頂いてしまった方々、ごめんなさい。
不在を在りようを初めて体感し、不在への接し方(敬意)、それはつまり未来の(自己を含めた)他者への祝福なのだ、ということを感じた2011年の年末でした。









ここ最近の動向を備忘のために。



minä perhonen HP リニューアル
ファッションブランド、minä perhonenのHPが、8/1にリニューアルしました。
全体のディレクションはウェブディレクターの斎藤寿大さん。minä perhonenのスタッフ達と斎藤事務所の鋭敏なプログラマーの方々と一緒に制作しました。新しいコンテンツ「metsä」という名のWEB上のショップに並ぶ写真は、カメラマンの杉田知洋江さん、片村文人さんによるもの。
あるお二人から、「血が通ったサイト」と同じ感想を受け、私はそれがとても嬉しかった。
血が通ったものは、問題を抱えるけれども、アップデートされていく可能性がある。情報が都合によって組み替えられたりせず、咀嚼され、取り込み、その変化を許容すること。それが大事だと思ったし、おそらく大事だ。
minä perhonen HP


装苑 2011年10月号
こちらも、minä perhonen。
皆川明さんの連載対談「ことばのポートレイト」vol.4は、二階堂和美さん。
対談の現場を体感するように読むこと、写真とテキストがデザインの都合によって、レイアウトされないこと。150P超の雑誌中の2Pにおける、読む風景の実践。


mama!milk@ヴァンジ彫刻庭園美術館
mama!milkがヴァンジ彫刻庭園美術館のキャンドルナイトの中、ライブを開催、チラシを担当しました。イラストは、秋山花さん。イベントは終了してしまいましたが、もしチラシをどこかで手にされる機会があれば、陽の光りにぼんやり透かしてみてください。


落田洋子展@Gallery SU
道具、絵画、ジャンルを問わず、近現代の魅力的な作家を紹介している西麻布のGallery SU。今回は、落田洋子さんの80〜90年代に制作された貴重な銅版画の展示です。DMとリーフレットを制作。
物語には、いつでも猫がいるみたいです。


シアターカンパニーARICAプレゼンツ「LOVE GAME LOVE」公演@森下スタジオ
2月に新作公演に向けたトライアル「LOVE GAME LOVE」。チラシには、演出家の藤田康城のコレクションより。子供の描いた魔法使いのような少女(何故か老婆にも見える)が、表情もなく佇んでいて、どこか不穏だ。
少女は、魔法使いで、しかも老婆。これは非常にARICA的と言える。
公演情報はこちら


10月には、一年振りにエクリの新刊が出ます。詳細はまたおって。
秋以降は、いっぱい本が出ますので、お楽しみに。



夏が終わりに近づくと、毎年『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』、と村上春樹初期三部作を読み直す。そして夏を終えると、私は誕生日を迎えるのだが、いつのまにか『1973年のピンボール』の「僕」と『羊をめぐる冒険』の「僕」の間の年齢になったことに気づいた。

現実的にいうと、『1973年のピンボール』で「僕」が、友人と翻訳会社を始め、ピンボールに別れを告げ、「自由」という名の「システム」に足を踏み入れた状況くらいだろうか(同じくして「鼠」は街を出る)。
「僕」と「鼠」は、常に「私」であり「私」でなかったが、私たちは、おそらくは「鼠」のように生きられない(だから、そうあったかもしれない「僕・私」としての「鼠」が存在するのだが)。
不用意に言葉を発すれば、業界のサイクルから弾き出され、コミットメントの仕方を間違えれば、直ちに引退させられる。それが、私たちが暮し、働く世界だ。好む、好まざるにかかわらず。文句はいくらだって言えるけど。

『羊をめぐる冒険』で、「僕」はシステムの流れにうまく乗り出した翻訳会社をやめる。それは、システム(壁)をなかったことにする「旅」ではない。システム(壁)がいまここに存在すること、その事実がその加担者であることを担保していること、それを認め、それでも「精神の自由」を求める、個人(卵)の発生だった。

ひとまず、私はもう少しここで働くことにした。

2011年8月31日 来月事務所移転


「人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。どんなひげ剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。実際、そうしなければ誰も生き残ってなんかいけないのさ。」『1973年のピンボール』








更新が三ヶ月振りである。書くことは特に溜まっていない。
備忘の為の覚え書きをしないが為に、新しい記憶も忘れられていく。



群馬県立近代美術館で行わている「司修のえものがたり」展、広報物、カタログのデザインを担当しました。
カタログには、落合恵子さん、角田光代さん、川上未映子さん、小池昌代さん、鴻池朋子さんらが執筆されています。また、表紙、扉はカメラマンの杉田知洋江さんに撮り下ろしていただきました。
展覧会は、6/19まで。詳細はこちら


『装苑』6月号、ミナペルホネンの皆川明さん連載対談「皆川明 ことばのポートレイト」、紙面のデザイン、担当しています。
vol.2は、TOGAの古田泰子さん。次回は8月号です。詳細はこちら


4/29から、松本のラボラトリオでクートラスの展示が始まりました。東京で4ヶ所、京都と巡回してきて、とうとうラストです。30日には、近代美術館の保坂健二朗さんと神話研究者の石倉敏明さんのトークもありました。工芸の五月に併せて、どうぞ。


5月末に京都のARTZONEで行われる「空間の境界をめぐる6つの対話」と題されたトークイベントのチラシを制作しました。
お声掛けいただいたのは、いつもの通り、建築家の藤原徹平さん。ワタリウムでのトークとはまた少し趣が変わり、建築史家の倉方俊輔さんや書家の華雪さん、CONTACT GONZOの塚原悠也さんなど、対話がテーマをいくらでも越境しそうな12名です。



3、4月と跨いで、一ヶ月ほど欧州に滞在していたけど、それも既にずいぶんと昔のことになってしまった。
クートラスの本のために、パリの書店を回ったり、ベルリンでは、知人のアーティストのアトリエに滞在し、彼女のアーティストブックの為の作業に従事していた。震災直後の出発だったこともあり、東京での仕事をそのままパリに持っていく羽目になったが、それでもベルンやチューリヒ、ロンドンにも赴き、その間、西洋の近代絵画をぼんやり眺めていた。
私は、人とかコップとかが描けないのだが、モノを見ることに少しだけ興味が出てきた。以前、ジャコメッティと写真家のアンダース・エドストロームについて書いたように、(特に私にとって)セザンヌやマティスが、「その時」彼らが「そう見ている」ように、「今」私が「見ていた」という、その「物語的」な時間の追体験に感動する。
そういう意味で、絵画が実際に残っている、というのはとても有効だし、この場合の技術は「テキスト」と「本」の関係と同じである。(ベンヤミンのいう「原作」と「翻訳」でもいい)
量と質、時間と距離、音質と音量、文体と声の大きさ。そんな幾度となく語られてきた問題が、今になって私に近接していると感じた。どうしよう。
(あとは、ドガがあんなに変人だとは知らなかったな。アイロンをかける女の絵はあまりに可笑しい。)

「経験は、というよりも、ある経験は、すぐれた芸術作品よりも美しい。同時にその経験は、そのままうつしていると信じている人の手によってうつしかえられて他人の眼にふれる形であたえられても、美しいとはかぎらない。」
「そこは、かこむものとかこまれるものの境界のはっきりしないところで、さわられるものとさわるものとの区切り目もはっきりしないひとつの橋であって、その橋をひとつ以上の存在がたがいにゆききできる。
記号の誕生は、ここにあったと言ってよいだろう。そういう記号のはじまりは、記号以前ときびすを接している。記号はどこからが記号か。」
(鶴見俊輔『神話的時間』)


※パリのジュンク堂、「bookstorming」「L'Ecume des Pages」という書店に、クートラス作品集『Mes Nuits 僕の夜』が置かれることになりました。








1月から随分とゆったり過ごしていたけれど、
渡欧まで一ヶ月をきって、にわかにバタバタ、ソワソワしてきてます。



今週末、2/17、18に、
ARICA第20回公演「蝶の夢/Butterfly Dream」(TPAMショーケース参加作品)の上演があります。会場は横浜、BankART NYK Hall 1F。
孤高のアクショニスト、首くくり栲象との奇跡の共演。
是非、ご高覧下さいませ。

詳細はこちら
ARICA HP



最近は、映画ばかり観ていました。
イメージフォーラムで、フェリーニ、
アテネ・フランセで、アモス・ギタイ、
新宿ケイズシネマで、ルイ・マル、
阿佐ヶ谷ラピュタで、徳川夢声特集、
ユーロスペースで、北欧アニメーション、
あとは、家でジョン・フォードやら、ベルイマンやら。
また、今年のプロジェクトのために、タルコフスキー関連の書籍を読む。

「イメージというのはそれ自体で完結しているべきもので、解釈は不可能なはずだ。イメージとは、象徴とは違い、閉じた体系のなかで存在することができない。イメージはそのたびごとに別の形で知覚される。もし、イメージをなんらかの概念的な(イデオロギー的な)枠のなかに閉じ込めようとすれば、イメージは生命力を保つことはできないし、その中に閉じこもり、死んでしまう。なにかを読み直したり、見たりするたびに、私はそれが別の印象をもたらすということに気づく。」(『WAVE #26 タルコフスキー特集』)



昨年、写真家のアンダース・エドストロームと一緒に仕事をして、改めて、彼の写真に大変感動したのですが、それはそれらの写真が「見たまま」だったからです。
今わたしが、それを「見ている」ように、彼がその時そうして「見ていた」、と分かる。(あるいは、いつか誰かがそう「見る」ように、彼はその時そう「見ていた」)
撮られた時間(「今ここ」からしたら、常に過去)を超えて、そこにいることができる。
そういった、物語的な強度と自由度を持った写真に、とても感動したのである。

「見えるものを見えるとおりに表すとは、存在をあるがままに表すということではない。それは現実の代りに象徴的なイメージを置くことではなく、また現実についての観念的、詩的把握を可視的に表徴することでもない。見えるものを見えるとおりに描くとは、事物の存在ではなく、その出現と消失とを決して現実の一様相としてではなく、現実をあらしめる全体として捉えること、見えるものがどのような仕組みで見えるようになるかを、つまり見えるものの現実の空間を開示することである。」(宇佐見英治『見る人―ジャコメッティと矢内原』みすず書房)

例えば、いつかその人(「大衆でなく、疎外された個人でもない」人)が「読んでいる」ように、今、デザインすること。
はたして、デザインに(私に)そのような曲芸が可能だろうか。








あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。

年末年始は、広尾の中央図書館に入り浸り、『本と人の歴史事典』を通読。
(八雲図書館にもあったけど、あまりに重いので、借覧断念)
あとは、掃除、読書、映画、お昼寝、実家にておせち。
イメージフォーラムにて、ベルトリッチ「暗殺の森」。館内は満員(僕の前には、巨漢がいて、常に字幕の左端が見えなかった)。全ての場面を美しいと思うので、肩がバリバリになってしまうが、それも虚構だろうか。
リンゼイ・アンダーソンの「if もしも....」は面白かったなぁ。最後の殺戮場面が、黒沢清の傑作「神田川淫乱戦争」のラストに似て、爆発的に笑ってしまった。



クートラス展@恵文社ギャラリーアンフェール、設営のため、京都へ。
テキパキとしたスタッフさん達に助けていただき、素敵な展示になりました。
関西地区の方々、京都へ行かれる方は、是非。

ロベール・クートラス展「Mes Nuits」
恵文社一乗寺店ギャラリーアンフェール
2011年1月11日(火)~1月24日(月)
10:00~20:00(最終日は18:00まで)
詳細はこちら

恵文社では、いつもの如く隅々に散らばっている古本が目に留まってしまう。
「かがくのとも」の『しまふくろう』『にほんかもしか』、「科学のアルバム」『雪の一生』、「カラーブックスシリーズ」『宝石』など購入。ほか、三月書房などでも散財。
また、大山崎山荘美術館、ギャラリー16で日高理恵子さんの展示を見る。
大山崎山荘美術館は、映像作家さわひらきさんとの展覧会で、ギャラリー16は、日高さんの制作にとって、極めて重要な、学生時代からの現在までのドローイングの展示となっています。
「私にとって絵を描くことは"見ること"」とおっしゃるように、"描く"ために"見る"のではなく、二つがまったくの同義であろうとしながら、その超えられない一線で揺らいでいる。その揺らぎ自体が、日高理恵子という画家の変遷であろう。
併せて、是非ご覧下さい。

大山崎山荘美術館(~3/13)
ギャラリー16(1/11~2/4)



Coutelas Journal』(完売)に寄稿してくださった、文筆家の岡敦さんの著作が刊行されました。日経ビジネスオンラインでの連載をまとめたもので、「古典」をたった一枚のパンのように読み、咀嚼し血と肉なり、その身体から紡ぎだされた、他にかえがたい言葉たち。
是非!

強く生きるために読む古典』岡敦/集英社新書



音楽家の阿部海太郎さんのHPが1/1にオープンし、そのお手伝いをしました。
プログラミングは、gm projectsの石黒宇宙さんです。チェルフィチュの新作「ゾウガメのソニックライフ」の特設サイトも石黒さんの制作ですが、凄くいいです。
批評以前の熱というか、こういった無料のクリエイションが伝播し、「未だ見ぬ観客」に贈られ、そこで初めて価値が生成されるのだろう。

阿部海太郎HP
チェルフィッチュ「ゾウガメのシニックライフ」特設サイト









ここにきて、HPを三ヶ月振りに更新。ふぃー。
前回のnoteにて、「疲れた」だとか「苦痛」だとか、ブツクサ書いていたら、
暗に誰かを批判しているように読めるからやめなさい、と兄に苦言を呈される。
毎日、猫と一緒にピアノをポロポロ弾いて、私の本棚からイソイソと本を持ってきては、ソファーで寝転びながら読んで、気まぐれに創作パスタを作る、『うたかたの日々』に出てきそうな、兄に、だ。
「苦痛」と書いたのは、仕事自体の話ではなく、私の身体が実際に「顎関節症(気味)」になったり、「胃炎(気味)」になったりで、そんな体内の不調に気づかなかった、身体の精度の下がり具合を嘆いたのでした。
その精度の低さは、9月から12月まで、金沢21世紀美術館で行われていた、ペーター・フィッシュリ+ダヴィッド・ヴァイスの展覧会を見逃したことからも伺い知れよう。
兎にも角にも、何かしらの(野蛮さを伴った)パフォーマンスを上げるためには、身体をまずは健全に保たなければいけませんね。
「健全な肉体に宿る不健全な魂 by 村上春樹」来年の私に期待。

「本などなくても、家などなくても、金などなくても、何もなくても今喋り、今考え、今笑うことから始めればいいということ。世界とちゃんとつきあえば、向こうの方から秘密を教えてくれるのだということを。やればやるほど、愉快で、もしも面白くならないとすれば、それは間違っているということを。」(後藤繁雄『独特老人』まえがきより)



年の瀬は、ゆっくり仕事をしつつ、映画を見たり、乱読したり、大掃除をして過ごす。

イメージフォーラムで、ハーブ&ドロシーを観る。
ハービーが私の祖父にそっくり。特にドロシーの目を盗んで、女性の手を握ってお話しているところとか。
PLACE Mにて、石川直樹展「CORONA」、トランスフォーメーション@現代美術館、「写真分離派宣言」@NADiff Galleryなど。また、Cosmic Wonderにてアンダースの写真を幾度もチェック。年始は高校サッカーでも観に行こうかしら。

来年進めて行くプロジェクトも、それに対する頭や身体も運動し始めています。
毎年、プロジェクトを遂行するために必要な筋力は初めて使用するものばかりだから、動きはぎこちなく、筋肉痛と戦いながらになるのだが、それが楽しい。し、それくらいはしないと私は本当に何もしないのである。

(と言いつつ、今からお知らせですが、2011年の3月一杯、所用でヨーロッパへ赴くことになり、東京を不在にします。)

「一つの音が演奏される、その音は生まれることによってすでに存在する空間を占めるのではなく、作る。ある考えが頭に浮かぶ、その考えもこの世に空間を作り出す。つまり、まず容器を作って、そこを後から満たそうというのではなく、言葉を生み出せば、その言葉そのものが空間になる」(多和田葉子『エクソフォニー-母語の外へ出る旅-』岩波書店)


それでは、よいお年を!









東京―北九州間で絲山秋子の『海の仙人』を読了。
帰京して、時間が出来たので、村上龍『歌うクジラ』、中村うさぎ『私という病』、青山真治『地球の上でビザもなく』、佐々木俊尚『電子書籍の衝撃』などを通読。年の瀬は何を読もうかしら、と古書店をトボトボ歩く。


体調はまだ胃炎気味で、野菜を中心とした、ささやかで刺激の少ない料理を心がけている。最近は野菜が随分と安い(東急は至って高いし、店内が恐ろしく寒いから行きたくない。駅前の八百屋がグッと安くなった。)ので、キノコやら緑野菜をたくさん買って、何にでも放り込む。
そういえば、福岡のお土産で幾人かに明太子をお送りしたら、「cuteな明太子ありがとう」やら「thank you for the lovely mentaiko」といったメッセージが届いた。喜んでいただけたようで良かった。



年の瀬が近づき、ここに来てペースを取り戻しつつあるが、今年は幾度か見失いかけた。別に見失ってもいいし、幾ら大変だっていいのですが、今回は苦痛を伴った。これは当然自分のせいで、エルンスト・ヴァツェク=トルマーのように、「養鶏人にして郵便局員、歴史家にして生き残り(サバイバー)」ではあれず、養鶏人でありつづけ、郵便の真似事をし、歴史の端っこを齧り、命からがら逃げてきたのである。
これを踏まえて、来年は少しは行動の精度をあげていかなくっちゃね!


「これがあのいまいましい世界という名の突風なんだと僕は思った。それはもしまっこうからぶつかってこなかったとしても、背後からとてつもないスピードで我々を押し出そうとするのだ。そしておそらくは舵さえも奪ってしまうのだ。」


「何と不完全。何と滑稽。何とシンプル。そしてまた、何と哀れなるかな。」


熊を放つ』より



先週は、北園克衛と橋本平八展@世田谷美術館、
ストローブ=ユイレ「あの彼らの出会い」@アテネフランセ、
トウヤマタケオ+mama!milk@ヨコハマ創造都市センターを観ました。
あと、先月にアンヌ・テレサの踊る「3Abschied」と、クリストフ・マルターラーの「巨大なるバッハ村――ある永続のコロニー」を観たことを、備忘の為に記しておく。








9、10、11月は本当にハードな三ヶ月だった。
ここで倒れたら、全てが滞って大変なことになる、という切迫感から、体調を崩すことなく何とか乗り切って(関係者には多大なご迷惑をかけつつ)、あら、このまま年を越せるかしら、と思っていたけど、そんなに甘くはないなぁ。
発熱し、胃痛に悩まされております。
来週末は北九州行きだし、まだダウンしているわけにもいかないので、スープを飲んで、静かにPCと対峙しています。カチカチ。
しかし、身体が弱まると、当たり前のように欲望も萎えてくる。三ヶ月も欲望から遠く離れ、仕事に耽ったのだから、冬服でも買いに行って、愉快な映画を観て、美味しいフグでも食べて、適温の温泉に浸かりたい、と思っていたのだが、今はただ眠りたい。



装苑 2011年 1月号』(11月27日発売号)の「ミナペルホネン 一〇一のことば」の紙面を担当しました。
16Pにわたる特集で、ミナペルホンネンに関わる73名の方々からの質問と皆川明さんの答え、26名のスタッフの言葉、三宅一生さんとの対談など、多くのテキストと図像が要素だったので、心地よいmessy、ということを考えました。
その中で、2011春夏の新作コレクション、ミナペルホンネンのアトリエ、ショップの写真を、敬愛する写真家、アンダース・エドストロームに依頼しました。
詳細はこちら


12/4-5と北九州市で開催される、東アジア文学フォーラム2010の制作物を担当しました。日中韓の作家、詩人などが一堂に会し、シンポジウム、朗読会などを催すのですが、ポスター、チラシから始まり、プログラム、資料集、朗読会テキスト集など、とにかく制作物が多かったので、それらに、一定に流れる通低音のようなものを組み込んだ(つもりです)。
出演者、詳細はこちら


また、フォーラム開催に併せて、韓国中国の文学選集がトランスビューという出版社より刊行されます。こちらのお手伝いもしました。韓国10人、中国6人の作家の作品を、それぞれの作風をイメージしつつ分冊にし、分冊が編まれ、函に入った時に、全体としてある世界が浮かび上がる、そんなことを考えました。
日本の作家が中国、韓国で同様の形で紹介されるなど、第二弾、第三弾と続いていくと面白いのですが。


フォーラムから出版へと繋がる特殊なケースにおいて、制作物は全体を通して統一感が生まれるようにしたいと、詩人の平出隆さんより、お話をいただきました。
実は、平出隆さんは大学時代の恩師であり、今回ご一緒にお仕事が出来たことは、とても嬉しく、光栄なことでした。




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