diary






荒川洋治さんの文化学院での講義を聴きに行く機会があり、詩集を一冊読み、『ラブシーンの言葉』(四月社)を読み直した。
『ラブシーンの言葉』は、相も変わらず、かーるくて素晴らしい教科書である。
その後、タナダユキの『百万円と苦虫女』を観る。
苦虫は、咄嗟に口に飛び込むのではなく、日常的にそこに潜んでいて、時々現れては噛まれるということだと思う。それを、人生は甘くない、という(のかな?)。そんなことは、二度と思い出せないくらい、いつも忘れてしまうが。だから、「こまやかに味わいたい」(『ラブシーンの言葉』より)
そんなの甘いかな? いや、甘くない。



糸井重里が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」が発行した
『吉本隆明の声と言葉 その講演を立ち聞きする74分』を購入。
吉本隆明の講演記録のアーカイブした(なんと6943分、cd115枚分。)、『吉本隆明 五十度の講演』の、立ち聞きバージョンである。
そのcdセットとdvdセットを制作、発売するまでの経緯を糸井重里がサイト内のコラム(前編後編)で書いていて、それが凄くおもしろい。


自分が購入した本が凄く良くて、それを誰かに貸す。


物質的な「本」とそれを良いと思う「人」について考える。
「その本」を手渡せる「その人」には、どうやって出会うのか。
それが、問題。
「贈ること」を考えたとき、もう相手はいる、かもしれないが、
「贈るもの」を考えたとき、まだ相手はいない。
いや、いると思うのだが、どこにいるのか分からないし、その相手も自分だとは知らない。
さて、どうやって出会うのか。それが、問題。








1月25日発売の『装苑』3月号で、『Fish Mouths』(エクリ)の成り立ちについて、マイク・エーブルソン、佐伯誠さんと一緒にインタビューを受けました。
他、『Fish Mouths』の掲載情報はこちら



今更、という感じかもしれないが、昨年末に『ウェブ進化論(ちくま新書)』、『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する(文春新書)』を読んだ。特に『ウェブ進化論』がおもしろかったので、著者の梅田望夫と平野啓一郎との共著『ウェブ人間論(新潮新書)』、『ウェブ時代をゆく(ちくま新書)』も読む。
ロングテール現象、Amazon、流通のことなど、改めて考える。やはりAmazonは、出会いたい本に出会うためのシステムだと思う。そうではなくて、たまたま入った書店で、偶然手に取って読んでみたら、とてもおもしろかった。という状況をいかに意図的に作れるのか。
道筋を提供するのではなくて、その地点を共有すること。
まだ知らない既知に出会うこと。
同じ場所から、違う風景を共に見ること。


また、佐伯誠さんに勧められて、レム・コールハースの『行動主義―レム・コールハースドキュメント』(TOTO出版)を読む。
プレゼンテーションの際に、制作されるブックレットに刺激を受ける。もっと面白かったのは、コールハースと共に多くの建築を手掛ける、エンジニアのセシル・バルモンドのインタビューで、パターンとメタファーの話は、とても刺激的だった。
それで、彼の著書『インフォーマル』を購入。
分厚いし、困難な感じがするので、長い移動距離がある際に、読もうかと思います。







あけましておめでとうございます。
やりたいことも、やらなくてもいいけどやることも、あわせて楽しくいきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



昨年に引き続き、『Fish Mouths』のフェアをMUJIミッドタウンで行っています。
お近くにいらっしゃる際には、是非立ち寄ってみてください。


以下詳細です。
場所/MUJIミッドタウン店
会期/2008年12月20日(土)→2009年1月5日(月)
場所/MUJI銀座松坂屋店
会期/2009年1月6日(火)→2009年1月20日(火)



monkey business』の3号3.5号のサリンジャー号を読む。
ナイン・ストーリーズ」の柴田元幸の新訳、柴田元幸とチェルフィッチュの岡田利規のサリンジャーについての対談など。


「小説の細部を何もかも覚えておくことなんてできないから、どんな小説かってことをすぐに忘れてしまう」
「人間には常に体がある。普段僕らは、例えば誰かと話しているときに、自分の気持ちを伝えやすくするために体を用いているわけじゃないのだけど、でも体はそこにあるから、何かしてないわけにはいかなくて、何かしてないということは不可能で、だから結局体を使っていて、つまり体はそこにあるから何かしている。」(岡田利規)


ミケランジェロ・アントニオーニの「欲望」もそんな映画だと思う。そこにはほとんど風景しかないが、その構図、リズム、スピード、色だけでストーリー足り得る。







若木信吾×穂村弘トークショーをBOOK246へ聞きに行く。
若木さんが発行人、編集を務める「youngtree press」が10号をかぞえ、終刊する。
「ドキュメンタリー・スタイル・マガジン」といって、誰かのとても個人的な話(「茶飲み話」で、時として語られるようなこと)を、それこそドキュメントしている。
物書きではない人に、テキストを書いてもらったりする時に、「楽しい」や「悲しい」「嬉しい」という言葉を使わないで欲しい、と促すらしい。それは出来るだけ、フィルターが透明になるように。不思議なことだと思った。とても個人的な話のドキュメントなのに。
ただ、それがまるで、誰かが「自分の話」のように読む、ことになるのかもしれない。


今福龍太が著書『荒野のロマネスク (岩波現代文庫)』の中で、ロラン・バルトを引用しながら、こう書いている。


「自らの個別性を主体の科学に捧げ、提供しつつ、しかもその科学が自己を還元することも圧殺することもないような、ある一般性に到達するようにしむけること」。


とても素敵な文章だと思う。
若木さんは、「youngtree press」を5年間で10号作ってきて、どういうことをしたいのか、説明しようとしている間に終わってしまった、というようなを言っていたけれど、いつだって「言う人」は「それ」を「言うこと」ができない、のだと思った。




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